イワラプラ社長のなるほどブログ

共有社会について一考 ~低成長下でも心豊かに 愛情をシェアする時代~

2017.01.17
カテゴリ : 日記

酉新年おめでとうございます。昨年は、筆者のつたない文を我慢して読んでいただき感謝感激雨霰です。

どうぞ今年も頑張って書きますので「隅から隅まで、ずずずいと、お願い申し上げ奉りまする」と目出たい正月なので、初めの挨拶として歌舞伎調に書きました。

今年は酉年です=参照①。酉年とは、どういう年なのかネット上で見ると、ニワトリは明け方に鳴く鳥です。新年も一番に鳴く鳥のため縁起がよいとされています。さらに商売関係にも縁起のよい干支とされています。「とり→とりこむ」で商売が繁盛するとされています。行動力があり、積極的。親切で世話好きであるという意味もあります。


 さて今年は、どういう年になるのか誰もが気になるところです。毎年、占い師、経済評論家でもズバリと当たりません。でも物事には前兆があります。
 地震は急に来ると思われていましたが、予知があることがわかり、政府の諮問機関=参照②=に「予知連」があります。それによって少しでも早く対策が取れれば被害を少しでも少なくできます。世の中の動きも急に来ているようでも、急には来ないのです。例えば第二次世界大戦もいろいろなことが積み重なって戦争になったのは歴史を検証するとわかります。
 

ではこれからの動き、近未来を、独断と偏見を交えて書いてみましょう。
 タイトルにも書きました「共有社会」とはどういう社会か。文字通り「共有」を辞書で調べると①一つの物を2人以上が共同で持つこと②共同所有の一形態で2人以上の者が同一物の所有権を量的に分有する状態(デジタル大辞泉より)。
 なぜ筆者がそう感じるかは、NHK Eテレで、オランダはネットを通じてさかんに物々交換をしているとの番組を見ました。では日本ではどうかと見ていると「ジモティー=jmty.jp」=参照③=という交換無料サイトがあり、テレビでもよくCMをしていて、見られた人は多くいると思います。このサイトを見ていると、Aさんは子供が大きくなって「ベビーカーが要らなくなる」とすると、サイトを見たBさんは「欲しい」と申し入れたら、条件が合えば交換できます。Aさんにとっても粗大ゴミで捨てるとお金がかかります。Bさんにとっても、赤ちゃんの成長は早いので、いつまでも要らないから買いたくない。両者の考えが一致すればWIN、WINです。一種の生活の知恵、防衛です。高度成長時代の使い捨て時代から低成長期になっていくと、どんどんと必然的に節約するようになります。本当に必要な物しか買わない。本当に欲しいものしか買わない。余っている物、しいて新品を買う必要のないものは交換しようとする。つまり「共有社会」になっていくと思うのです。今では当たり前になっているカーシェアリング(Sharing=参照④)は、1台の車を共同使用することで、その固定費、維持費に悩まされることはないのです。要る時に使えれば良いのです。物としての車は欲しくないのです。車はあくまでも移動手段です。
 たとえばYOUTUBEで聴きたい歌があれば、即座に聞き、おまけに映像も見れます。またダウンロード=参照⑤=をして保存する人もいます。そうなればCDやDVDを買わなくなります。オリジナル版や、その物を持ちたい、YOUTUBEにないものを欲しいと思う人は、もちろんいます。でも買えばお金がかかるし、置く場所もない、別に次から次へと新曲が出てくるので、言い方は悪いが、使い捨て文化です。YOUTUBEやレンタルは一種の共有です。だから知らず知らずに「共有社会」に入ってきてます。そうなると政府がいくら消費を煽っても消費は伸びません。消費が伸びなかったらどうなるかは、当たり前ですが生産が落ちます。生産が落ちるとどうなるか。設備投資の意欲がなくなるのです。作っても売れないのだから、よほど購入意欲をそそる物を作ることです。たとえばLEDなんかは、電力消費が少ないし、長持ちするし、換えた方がメリットがあるとなると購買します。作れば売れる時代は過ぎて、また安売りすれば買ってくれることもありません。安くても要らないものは要らないのだから。企業も安いから在庫するということもないのです。昨今の小ロット発注は時代を反映しているのです。物を作るということは資源を使うことです。省エネ、限りある資源を大切に!となると、資源国は困り不況になります。産油国は買ってもらおうとして、石油は安くなります。資本主義というのは人々が消費することによって成り立ってます。それが消費が鈍ると、不買運動みたいに崩壊します。それで政府は公共事業をどんどんして金をバラまきます。税収が多くてバラまくなら良いけれど、景気の良い時は公共事業は少ないのです。する必要がないからです。税収が少ないから国債を発行するのです。国債といえばカッコ良いですが借金なんです。今や一千百兆円ぐらいあります。発行するのも限度があります。少子高齢化社会の日本は、成長神話から脱皮して地道な道を歩まなければならなくなるでしょう。それと残業抑制、有給休日を多く取るようになると、残業代は少なくなり、時間はあるけれど金はない。若い人は無料ゲームにはまり、ポケモンGOに走り、お年寄りは、リュックと水筒ぶら下げて「歩く会」に入り、お金を使わなくなります。女性は編み物をするようになるでしょう。そしてまだ行動してくれたら良いが、本当に何もすることのない老人は、公園のベンチで食べ残したパンをハトに与えることで暇つぶしをするでしょう。所得が伸びないから必然的に物は買わない「共有する社会」になるでしょう。でも成長産業としては、共有できないもの、医療、介護、教養、どうしても個人的な物、個人的サービス産業は成長するでしょう。筆者の今年の抱負は「共有愛」です。
 お互いに思いやる気持ちがあれば、低成長の時代でも心が豊かに暮らせるのです。
 最後に共に愛情を共有する時代が来るようにと新年の挨拶に代えさせていただきます。

 

【参照】
 ①酉年=十二支の10番目。時刻では午後6時、およびその前後の2時間、方角では西、動物では鶏に当てる。作物をおさめ酒を抽出する10月。のち十二支の10番目のとりに当てる。象形。口の細い酒つぼを描いたもの。のち、酒に関する字の意として用いる(漢字源より)。
 ②諮問機関=行政庁の諮問に応じて学識経験者などが審議、調査を行い、意見を答申する機関(デジタル大辞泉より)。
 ③ジモティー=全国の無料広告の掲示板。中古品や求人情報などが無料で掲載できる。詳しくは「ジモティー」のサイトを見てください。
 ④シェアリング=分かち合う。分かち合うこと。
 ⑤ダウンロード=インターネットなどで通信回線を介してまとまったデータ(ファイル)をホストコンピューターから受信すること(デジタル大辞泉より)。

 

※ この文章は ポリオレフィン時報 2017年1月7日(第2107号)発行より抜粋いたしました。(http://www.poj-news.net)

 

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至福の時(下)~渡し舟で『ミニ船旅』も 最後は温泉で汗を流す~

2016.12.05
カテゴリ : 日記
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       天保山渡船場の渡し舟

今回も山本コウタローの「岬めぐり」もじって「安治川めぐり」で軽やかに出発しよう。「安治川めぐりのパンダ号は走る。目の前に広がる青い海を楽しみ、深く胸に沈めたら、このサイクリングを終えて街に帰ろう」ということで安治川隧道を抜けて、天保山渡船場に向かいました。これは珍しく大阪市営で無料の渡し舟です(渡船の場合、船と書くより舟の方が似合うし風情があると思うので、あえて舟と書きました)。
 今は一日約900人の乗船客があるらしいです。乗船客の半分ぐらいは外国人なので驚きました。外国人の来る観光地でないのになぜかと考えたら、USJ(ユニバーサルスタジオジャパン)や付近の工場の外国人労働者に思われ、しかも白人、黒人、ミュージシャン風、子供と、国境を渡る船みたいです。
 こんなことはガイドブックに書いてなくて、自分の目で見て初めて知りました。「書を捨てよ街に出よう」です。ところで渡船の運行時間は朝6時から夜の7時50分までで、時間帯にもよりますが30分間隔で運行しています。(詳しくはホームページを見てください)渡船は窓ガラスがなく、吹きっ曝しで潮風が顔に当たり、つかの間の舟旅が味わえます(約10分ぐらいの乗船かな)。床はフラットなので自転車やオートバイも楽々乗れます。しかもうれしいことに無料なんです。
 舟には3人の乗務員がいました。対岸にも3人ぐらいの管理人がいます。維持管理費も多大と思うのですが、橋をかけるより、長い目で見たらコスパになるのでしょう。大阪市民でも乗船したことがない人は多いのではないかなぁ? という筆者も初めてです。
 ここまで来たら安治川桟橋までもう一息です。「ここが終点」と言われてやっと来たという思いと、意外とあっけないなぁという思いが交差しました。桟橋の対岸から天保山の大観覧車が見えました。

大観覧車

           大観覧車

築港麺工房

ノスタルジックな建物


 グリコのビスケットをおやつにして食べながら海を眺めました。海にはグリコやビスケットがよく似合う(太宰治の「富嶽百景」の富士には月見草がよく似合うのパクリです)。
 後は帰りですが、同じ道を通らずに海遊館方向にハンドルを切りました。しばらく走ると急に人が大勢いて、ここが海遊館付近かと気付きました。もうすでに昼食の時間が過ぎていて、周りを見渡すと何か古ぼけたビルに「築港麺工房」=写真参照=と黒字に白文字で書かれた垂れ幕が見えて、麺好きの筆者が友人にここに行こうと誘いました。建物の入口には「商船三井」の銘板があり、このノスタルジックな建物の雰囲気が港にマッチしています。建物はベージュ色に年月を帯びて一部茶色になり、上部は蔦が絡んでいます。白黒写真で色をお見せ出来ないのが残念ですが、垂れ幕は写真と同じ黒字に白抜き文字です。オシャレな字で、なぜか飲食店では黒字に白文字は使わない。意外性があって面白い。ラーメン店の看板みたいに目立つだけの黄色に赤黒はセンスがない。変なことに感心しましたが、店の建物と看板は客を引き付ける要素です。
 土曜日ということもあり店内は混んでいましたが、少し待つと席が空き、セルフ式なので並んで注文のうどんを受け取りました。文字で表せないのですが「美味しい!」です。アホな女性アナやタレントは紋切り型で「美味しそう」と叫んだのを見たら腹が立ちます。「美味しそう」ではなくて食べてから「美味しい」と言うべきです。美味しくなかったら「美味しくない」と言えるか! グチっぽくなってすみません。そして気に入ったのが、オーガニックの不思議な味のお茶が飲み放題でポットに入っていました。ハッキリとは覚えてませんが、中南米産かのお茶で効能が○○○と書いてありました。うどんとはミスマッチングのようですが、そのミスマッチングがまた良いのです。
 食事のマナーとしては音を出して食べるなと言いますが、うどんは音を出して「ツルツル」と食べるのが正式な食べ方なんです。余談ですが、落語の時うどんを演じる時、うどんを食べる音を出さずに演じられますか。故立川談志は弟子に、うどんを食べる時は「ツルツルと音を出して食べろ!」と言ったと言われています。国によって、料理によって食べるマナーは違うのです。西洋料理には西洋式で良いのです。韓国では膝を立てて食べます。(日本では行儀が悪いと言われます)お国柄です。
 あまりゆっくりしている間もないので、速足で行かなければ日が暮れます。暗くなれば危険も増しますので頑張ってスピードアップします。しばらく走るとUSJの裏側に出て、ジェットコースターが見えます。裏側には従業員用の出入口があり、次から次へと従業員が出入りしています。その方々が裏方としてUSJを支えているのです。入口から遠く離れたところに出入口があるのはお客さまに現実を見せない、ファンタジックの世界にお客さまを陶酔させるためでしょう。夢を売る仕事だからです。でもハリーポッターの館の裏側は見えました。張りボテです。まさにハリーボテです(駄じゃれです)。現実を見てしまいました。桜島駅
 また走るとJR環状線の終点、桜島駅が見えて珍しくUSJ行き専用車両と従来のオレンジの環状線車両が並んでいました。これらを見られるのもサイクリングの面白さでしょう。それからは止まることなく大阪市北区に長柄西にある「天然温泉・なにわの湯」に向かいました。ここでサイクリングの疲れを癒すためと運動して汗をたっぷりかいたので下着を着替えるためです。本当に風呂につかればリラックスするし、筋肉をほぐれるし良いことづくめです。都会で天然温泉に入れるのはありがたい。
 サイクリングはほとんどお金もかからないし、町の風情にも直接触れるし、ジムでベルトコンベアみたいに脚を動かすのよりもペダルをこいだ方が楽しいし運動になる。お勧めします。アドバイスは自分の体力に見合った距離を走ってください。何もレースではないのだから。楽しみいっぱい、夢いっぱいで、至福の時でした。


 

 

至福の時(中) ~川底トンネルを抜けて「泥の河」へ”時間旅行”

2016.11.25
カテゴリ : 日記
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河の屑物を拾う人

冒頭で申し訳ありませんが、ソルティー・シュガーの「走れコウタロー」という歌はご存知でしょうか。知らない方はユーチューブで検索してください。それをもじって「走れパンダ号、本命自転車をかきわけて、走れ走れパンダ号、走れ走れパンダ号、追い越せ引っこ抜けの気合で一路、安治川に向かいました、途中リーガロイヤルホテルや、大阪国際会議場を通り過ぎました。今はホテル戦争と言われるほどホテルが乱立している時代ですが、ホテルの数の少ない時代は、高級ホテルといえば「ロイヤルホテル」と関連されるぐらいです。ロイヤルホテルでパーティーがある。結婚披露宴があると聞けば胸躍るものがありました。そんな「想い出ぼろぼろ」になりながら走り続けました。
 そんなにぎわいのある市内中心部から、だんだんと庶民の町・西区に入り、川と海の潮の香りが混じった匂いがしてきました。途中に「泥の河」の舞台となった地、安治川に来ました、そこには宮本輝の文学碑が建立されています。でも安治川付近は昔の面影はほとんどありません。なぜ昔の面影と言いましたかは、ふっと遠い子供のころを思い出して、タイムスリップをしました。自転車の荷台に釣り道具を載せて安治川その付近に行くと、人々がザワザワ、ガヤガヤと、どこ行くともなく動いていて、一点を見つめていました。筆者がそこで目にしたのは、河の中を水中メガネをして片手にザルを持って潜っているオッチャンがいました。アクアラングはもちろん、シュノーケルも付けていないので、息の続く限り潜っていました。まあ男の海女さんみたいなものです。
 海と違い「泥の河」と言われるように確かに汚かった。今みたいに環境、環境なんて言わなかった時代で、河はまるでゴミ捨て場でした。何でも川に放れで、いろいろなものが流れていました。もちろん水の色は真っ黒でメタンガスもポコポコと発生していました。中国の河は汚いといいますが一昔前の日本も同じことです。ただ早く環境を良くしようという気持ちが大事なんです。
 周りの人も興味深く見ていたし、子供ながらも異様な風景なので、今も筆者の脳裏に焼き付いているのでしょう。幼児体験、三つ子の魂百までというように、赤ちゃんやらからとか、子供やからと、まだわからないやろうと、軽く見ないで習慣、教育は大事なことです。さて、そのオッチャンのことを皆「ガタロ」と呼んでいたことをはっきりと覚えています。なぜガタロというのか、辞書を引いても、ウィスパーサイトを見ても出てきません。これは、ひょっとしたら「大阪ことば」かなぁと思いつき「大阪ことば事典」を見ると出ていて、大阪ことばでした。「ガタロ」は大阪ことばで「河童」のことです。まさしくその姿は「河童」そのものです。上手く名付けたものです。
 インドのガンジス川で沐浴をし、そこは豚や荼毘(だび)に付した死骸も流されている情景を見て、よう病気にならないなあと今の日本人は思うが、抵抗力が付いているからでしょう。それと同じで、その「ガタロ」さんも同じでしょう。人間には免疫力があるのです。
 あまりに清潔好きの今の日本人は、免疫力が少なくなり外国へ行けば感染症になりやすくなっているのでしょう。テレビCMで「家のお風呂には、こんなにも細菌がいる」とか、汗臭いとか、いまや殺菌、脱臭のオンパレードです。行き過ぎたと思いませんか。論語に「過ぎたるは過ぎたるは猶及ばざるが如し」と書かれています。またまた話は蛇行しましたが、私たちのサイクリングは、ただ走る距離を伸ばしたり、スピードを競っているのではないのです。弥次喜多珍道中みたいなものです。と言ってもサイクリングをしているから、次に進んでいきましょう。 S_5035993796368
やっと安治川隧道(ずいどう)に来ました。ここは全国的にも珍しく、川の下を通る全長約81㍍のトンネルです。「海底」ならぬ「川底トンネル」なのです、写真のように人、自転車はエレベーターに乗って下に降りて行き、トンネルをくぐるのです。もちろん幅が狭いので自転車は押して行かねばならないのです。私たちも押して行きました。通路の中ほどにガードマンか保安員かのおじさんが立っていました。トンネル内の犯罪防止か自転車のマナー違反の注意をしているのでしょう。おじさんは立ってるだけなので、退屈だろうと思い気を利かせて声をかけました。親しみのある言葉で「おっちゃん何でこの中は涼しいのんか、クーラーでも入っているんの?」と聞くと「クーラーは入ってないよ、川の下だから涼しいんや」という答えでした。なるほど川の下は天然クーラーでした。
 S_5035993743734またまたアホな疑問が湧いてきました。なぜ「安治川トンネル」と書かないで「隧道」と名付けるのでしょうか。筆者だけかもしれませんが「隧」が読めなかったから辞書で調べると、隧道(すいどう)もしくは(ずいどう)と読むのです。①の意味は、トンネル。②の意味は「棺を埋めるために、地中を掘り下げて墓穴に通じる道。墓道(デジタル大辞典より)。これはアカンやろ。取り越し苦労かもしれませんが、トンネルが決壊したら墓穴に通じる道になるで。
 トンネルという適当な感じが見当たらなかったのでしょう。何でも横文字もどうかと思いますが、適当な漢字がなければ、発音をカナ表示にしたら良いのです。日本には中国と違いカナ文字があるから本当に便利です。例えばマクドナルドは「麦当劳(マイタンロウ)」です。ミッキーマウスは「米老鼠(ミィラオショー)」。中国語の発音のカナ表示は難しいですが、あえて書きました。参考まで。グローバルの時代、どんどん外来語が入って来るので、中国国務院で決めるかどうかは、本当のところは知りませんが、中国語に当てはめるのは大変だと推察します。
 自転車をエレベーターに乗せて、地上に上がりました。いよいよ次に天保山渡船場へと浜風を浴びながらパンダ号は爽快に走りました。(次号に続く)

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